かんじんのう
社寺建立などの目的で、人々から寄付を募るために催した能のこと。後にはそれを名目にした能役者自身の営利興行となった。起源は不明だが、室町期では音阿弥が催した1433年(永享5)糺河原(ただすかわら)の勧進能や、禅鳳が催した1505年(永正2)粟田口の勧進能などが有名。江戸時代には四座一流の大夫等が催す勧進能のほかに、莫大な収益があったという観世大夫の一世一代の勧進能もあった。江戸での最後の勧進能は、宝生大夫友于が1848年(弘化5)に催した江戸筋違橋門外での勧進能(弘化勧進能)だが、この時の絵図には広大な敷地に江戸の町民が大観衆となって集まった様子が描かれている。